大学取材は愉しい。
興味があるとないに関わらず、様々な学部の教授と話すのは
思いもよらない刺激になる。
教授は、教員である前に研究者なので、
ご自身が研究する分野について尋ねてくる人を拒まない。
(大学を教育機関とすると、少しばかり話が込み入ってくるので、
その点については爽やかにスルーしておきたい)
専門用語が分からずに話に入り込めないこと場合もあるが、
文系も理系も、結局のところ、それを学ぶのが人間である限り、
疑問を辛抱強く重ねることで、少しずつ何かがつかめてくる。
「学生気分」になれるのは、社会人の特権だ。
いつだって、学ぼうと思えば学べるのだという気持ちになれるところが良い。
「愉しい」と言ったのは、あくまで「取材」の部分だ。
教授の皆さんと原稿のやりとりをするのは骨が折れる。
なかなか単位をもらえない学生さんの気持ちが良く分かる作業だ。
…なんてのは蛇足か。
2011年12月13日火曜日
2011年11月26日土曜日
清水の舞台
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
というタイトルの映画があったが、清水寺の本堂、
いわゆる「清水の舞台」を下から見ようという人はどれだけいるのだろうか?
(ほとんどの人は上からではなく、横から見ている)。
139本と言われる長大なケヤキを釘を使わずに組んだ「懸造(かけづくり)」は、
なかなかの見ものだと思うのだけれど。
ところで、Wikipediaの記事でこんなのを見つけた。
思い切って物事を決断することを「清水の舞台から飛び降りるつもりで」と言うが、
清水寺の古文書調査によれば、実際に飛び降りた人が1694年から1864年の間に
234件 に上り、生存率は85.4パーセントであった。
全く別の視界で眺めた人もいるんだなあ
…なんて不謹慎なことを言うつもりはない。
というタイトルの映画があったが、清水寺の本堂、
いわゆる「清水の舞台」を下から見ようという人はどれだけいるのだろうか?
(ほとんどの人は上からではなく、横から見ている)。
139本と言われる長大なケヤキを釘を使わずに組んだ「懸造(かけづくり)」は、
なかなかの見ものだと思うのだけれど。
ところで、Wikipediaの記事でこんなのを見つけた。
思い切って物事を決断することを「清水の舞台から飛び降りるつもりで」と言うが、
清水寺の古文書調査によれば、実際に飛び降りた人が1694年から1864年の間に
234件 に上り、生存率は85.4パーセントであった。
全く別の視界で眺めた人もいるんだなあ
…なんて不謹慎なことを言うつもりはない。
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