【食わず嫌い】
1、食べたことがなく、味もわからないのに嫌いだと決め込むこと。また、その人。
2、ある物事の真価を理解しないで、わけもなく嫌うこと。
という意味なので、少なくとも一度は口にしたことがあり、
出来れば今後、食べたくないと感じる「好き嫌い」とは違う。
【好き嫌い】
好きなことと、嫌いなこと。また、えりごのみ。
…そうなのだ。「好き嫌い」は、何も食べ物に限らない。
さらに言えば、「好き」と「嫌い」の二元論では語ることのできないケースがある。
・「口にしたくない」というほど嫌いではない。
・別の食材との組み合わせであれば、むしろ好きな時もある。
・しかし、その食べ物を単体で勧められると、それとなく拒否してしまう。
といったグレーゾーンの食べ物が、誰にだって存在するはずだが、
公言するほど、くっきりと「嫌い」のカテゴリーに入れられるわけではないので、
淡い領域を表現する言葉が存在しないのも仕方がない…仮に「食い嫌い」としよう。
ボクにとって、それは「梅干し」であった。
「食わず嫌い」のもう一つの意味、
「ある物事の真価を理解しないで、わけもなく嫌うこと」に照らし合わせても、
真価(栄養価?)も理解しているつもりだし、何となく嫌うわけも分かっていた。
イメージの問題である…梅干しには、祖母のイメージが重なるのだ。
立派なオッサンとなった現在では、何と言うことのない単なる幼少期の印象に過ぎないのだが、
「嫁に厳しい姑」というトラディショナルなコミュニケーション・スタイルを取っていた祖母の面影は、
梅干しという食べ物に深く刻み込まれてしまい、「刷り込み」のようなものが起きていたのだ。
「なんじゃ、そら?」…改めて、そう思う。
繰り返しになるが、もはや祖母に悪いイメージなどない。
であれば、そろそろ呪縛から解き放たれても良いのではないか?
白ご飯に、梅干し一つだけでいかにも美味そうに食べる人を羨むこともなく、
弁当屋の配慮に「いらぬことをしおって」と、紫蘇色の部分を避けて食べることもなく、
和歌山に観光に行くという人の土産にヒヤヒヤすることもなく、
梅干しを克服しなければならないと思ったわけである。
というわけで、デパ地下で調達してきた良さそうな三種の梅干しを
(もじもじと冷蔵庫に寝かせた二週間後に)食してみた
…のだが、何と言うことなく、実にあっさりと「克服」することが出来た。
ポイントは、「梅干しが大好物」という人と一緒に食べたことだろうか。
美味そうに食べる人の前で、アクセルだかクラッチが踏まれたのだろう。
拍子抜けすると同時に、実にモッタイナイ人生を送ってきたという後悔の念が沸いた。
この話には、何らかの教訓があるとすれば、
「思い込みなど、とっとと消化してしまえ」なのかもしれない。
しっかり味わう必要もあるだろうと、とりあえず書いてみたが、
実に小さな、「言葉に出来ない」感覚の話である。








