2014年9月3日水曜日
梨について
今年も、埼玉の叔母から梨が送られてきた。
伯父が亡くなった翌年からのことだから、もう十年以上の恒例だ。
はじめのうち、箱にぴったりと納まった22個は、少しばかり多いように感じていたが、
子供たちが包丁を使って、勝手に食べるようになってから、じっくり味わうようになった。
箱に書かれているからこそ、これが「豊水」であると思って齧っているが、
いまだに「幸水」との見分けが付かない。250~300g程度の「幸水」よりも、
「豊水」は350g~400g程度と少し大き目とされており、出荷時期も少し異なるようなので、
一緒に並んでいなければなおのこと分からない。
「幸水」や「豊水」は赤梨と言われ、「二十世紀梨」に代表される青梨と区別されることや、
産地と消費地の関係から、関東人は赤梨好み、関西人は青梨好み…だなんてことも、
今の今まで知らなかった。かつて多く作られていた「長十郎」こそかろうじて知っていたが、
「新高」、「秋月」、「新興」、「南水」、「愛宕」、「にっこり」、「新水」、「彩玉」、「奥三吉」、「かおり」
と、数多くの品種が存在していることなど、意識したことがなかった。
改良を重ねて来られた生産者の方々に、何だか申し訳ない気持ちになってしまった。
(例の船橋市の非公認キャラクターは、何という品種の梨なのだろう?)
万葉集にその名が登場するほど、梨と日本人の歴史は古く、
研究によると、弥生時代から生産されていたそうだ。
もっとも、それだけ馴染み深い果実であればこそ、わざわざそれがどんな品種かを
詳しく知っておく必要などなく、ただただ「美味い」と言えば良い話なのだろうけれども、
色味だけでなく、酸味や甘味の好み、歯ごたえや水分の好みの変化に
どういった歴史があったのだろうか?…などと、つい想像してしまう。
まあ、果実ひとつのことを知るために、ちょっとした時間をかけられるほど、
良い季節になったということで…もうひと齧りしてから寝よう。
2014年9月1日月曜日
フィールド
やはり、観るより、実際にプレイする方が好きなのだ。
ブラジルW杯の影響もあって、しばらく観る側に回ってしまっていたが、
この週末、久しぶりのフルコートのサッカーの試合に出場して、改めてそう思った。
集まったのは、ボクより年上、オーバー40のメンバーで、
対戦した相手チームは、こちらより平均年齢がさらに高かった。
日本代表がW杯に出場することなど、夢のまた夢という時代にサッカーを始めた
オジサンたちが、8月の最後の土曜日に芝の上でボールを追ったのだ。
我々の試合を眺めていたのは、地元のクラブチームの子たちと思われる
揃いのプラクティスシャツを着た小・中学生だった。彼らの目には何が映っていたのだろう?
「我々/彼ら」と、線を引くつもりはないが、サッカーを取り巻く環境は大きく変化した。
彼らは、日本代表がW杯に5大会連続で出場している時代の子たちなのだ。
我々と違って、世界のトップ選手のプレイを、テレビやネットで手軽に観ることができるのだ。
すべての子たちとは言わないまでも、日本代表や海外の有名クラブでのプレイを
「かなり具体的に」目指しているのだろう。実際、我々の試合後、グラウンドに出た
彼らの練習や、そこで見せるスキルの数々は、オジサンたちが小僧だった頃とは
比較にならないほどレベルの高いものであった。
しかし、あまり楽しそうには見えなかった。気のせいだろうか?
良くトレーニングされていることは分かったが、全員、同じようなボールタッチに見えた。
パスのタイミングや、ディフェンスの仕方にも、個性が感じられなかった。
もちろん、我々の世代が個性的なプレイをしていたなどと言うつもりはない。
良いコーチによる、良い指導を、良い態度で受けているのだろうな、と感じた。
あまり楽しそうに見えなかったのは、それがルーティンのメニューだったからかもしれないし、
あるいは、弱まってきたとはいえ、まだしっかりとした日射しのせいだったかもしれない。
彼らは、我々のような年齢になっても、同じようにサッカーを続けているだろうか?
高いレベルに到達しようという目標のある時期を過ぎて、
自分の思うようにプレイできないという幻滅や失望を経ても、
いま自分が立っているフィールドを楽しむという、
ただそれだけのモチベーションで、ボールを追うことができるのだろうか?
…まあ、そんな疑問を持ってしまうことが、歳を取るということなのだろう。
そんなことを気にしているうちは、あまり楽しめていないのだろう。
「やはり、観るより、実際にプレイする方が好きなのだ」と、
言い切れる自分でありたいものだ。
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