2013年5月30日木曜日

おもかげ


おもかげ」は、とらやの小型羊羹。
現在のパートナーと出会った頃、彼女が良く食べていた。
お茶にまつわる短編をブログにまとめてみようということになり、
当時のことを思い出して、書いてみた。
設定の部分だけ少し変えているけれど、内容そのものは実話だ。

「おもかげ」
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彼女と初めて会ったのは会議室だった。

僕は東京から異動してきたばかりの編集者で、
京都の和菓子の特集記事の原稿を、
ライターである彼女に依頼したのだった。

彼女は、名刺交換もそこそこに、ファイルからリストを取り出し、
取材対象とする店舗と、その店の名物の菓子の説明を始めた。
京都に住むライターは、京都に関する取材を受けることが多いと言いながら、
彼女が候補に挙げた菓子は、事前に僕が雑誌やネットで調べていたものと違い、
あまりメディアで取り上げられることのないものばかりであった。

「京都の方って、普段からこういったお菓子を食べているんですか?」
「そんなことないですよ、大切なお客さんが来はった時ぐらいですかねえ」
「でも、企画についてお電話したのは昨日ですよ。よくこれだけのリストを」
「東京に住んではって、いつも東京タワーに登ってました?」
「いや、田舎から出てきたばあちゃんを連れていったぐらいですねえ」
「ね、そういうものでしょ?」

万事こんな調子で、彼女はその後の仕事でも、
京都に関する豊富な知識を披露する一方、
自身の普段の暮らしぶりについては語りたがらなかった。

プライベートを明かそうとしない彼女の部屋を訪れたのは、
ある雨の強い日の午後で、「たまたま近くで取材があったもので」と、
努めて偶然を装ったのだけれど、彼女にはすべてお見通しのようだった。

「どうぞ」と、さして慌てる様子もなく招き入れた後、
彼女は、床に広げられた資料を器用に飛び越えてパソコンに向かった。
「すみません、原稿の締め切り前なもんで…あ、お茶煎れたとこなんで、適当に飲んでください」
イメージしていた京都人の部屋とかけ離れた、必要なもの以外、何も置かれていない
真っ白な空間に戸惑いながら、台所に向かうと、丸く赤味を帯びた湯呑みがあった。
「…どうも」と言って一口啜り、その味にさらに戸惑う。

「もしかして、お抹茶でも飲んでると思いました?…それ、京番茶です」
忙しくキーボードを叩く音がしたが、モニターに向かう顔は明らかに笑っていた。
「よう関東の人は、煙草が入ってるとか言わはりますけど、京都のもんが普段飲むのはそれなんです」
何となく、「関東の人」という括りに引っかかって何も答えずにいると、
「食べかけですけど、そこにある羊羹も良かったらどうぞ」と、
茶の風味から逃れようとする僕に助け舟が出た。

小さな皿の上に、「おもかげ」と書かれた箱があった。
和菓子特集で取り上げようとしたら、「それはこの企画向きじゃないですね」と、
彼女がリストから外した店のものだった。
同じ皿に置かれたぺティナイフが妙に大きく見えた。
「おかまいなしですみません…このテキスト送ったら終わりますんで…」

忙しい最中に押しかけたのは、こちらの勝手だと、
不釣り合いに大きく、鋭いナイフで羊羹を切って口に頬張る。
黒砂糖の甘味が思いのほか強いなと思いながら振り向くと、彼女がすぐそばにいた。

「ああ、そらあかんわ!」
彼女はたしなめるように押しのけ、半分ほどになってしまった「おもかげ」を
ぺティナイフで慎重に削り、シートのようになった羊羹を舌の上に乗せてみせた。

「これぐらいじっくりと味わうのが京都人です…って、私だけかも知らんけど」
と、言って、彼女はぐびぐびと僕が残した京番茶を飲み干した。
「あ、すんません…お待たせしました。で、今日は何の用事でした?」

何をしにきたのだろう?上手い答えが浮かばなかったので、
ひとまず「おもかげ」を薄く薄く切ることに集中した。
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2013年5月24日金曜日

鼻に亀


ちょっとした目の手術を受けて、視力が変わってしまった(良くなった)。

今まで使っていたもののレンズを変えれば良いと思っていたのだけれど、
水晶体を人工のレンズに変えた結果、遠近のフォーカス合わせが不自由になり、
外出用と、近くを見る用に二本メガネを持たなければならなくなった。
まあ、端末のモニターを長時間見ることも多いしなというわけで、しぶしぶ一本新調した。

海外ブランドを嫌っているわけではないのだけれど、
こと、骨格や体型に関係するアイテムは、日本人のそれに合うものを作っている
国産メーカーを選んでしまう。今回、999.9を選んだのも、
以前同じ理由で選んで、特に不具合を感じた記憶がなかったからだ。

納品されてから気付いたのが、ノーズパッドの中にいる「亀」。
フォーナインズの創業者、三瓶(みかめ)哲男氏の名をもじったものらしい。
(昔かけていたモデルには付いていなかったような気がする)
こんなディテールにこだわるなんて、なかなかにくいなあ、なんて感じたあたりから、
掛け心地が良いように思えてくるのだから、いい加減なものである。

2013年5月18日土曜日

清水焼と常滑焼


玉露や煎茶を入れる、しぼりだし急須、宝瓶を求めて、
陶器屋をうろうろしていたのだけれど、なかなかこれというものに出会えなかった。
装飾が過ぎたり、価格が飛び抜けて高かったりと、半ばあきらめかけていたところ、
近所にある「蓬莱堂茶舗」という、宇治茶の専門店に、それはあった。
よくよく考えれば、お茶を旨く煎れようと思うのであれば、お茶屋を訪ねれば良いのだ。

…ご主人から受けたお茶と急須の説明を正しく理解するには、もう少し時間がかかりそうだが、
少なくとも分かったことは、こちらのお茶屋さんは、ちょっと稀だということだ。
すべてのお茶屋さんが、急須や茶碗について理想を追求しているわけではない。

「お茶の美味しい煎れ方」に、正解はないとされている。
茶葉の質や量、お湯の温度、出す時間、急須や器と可変要素が非常に多い、
そもそも味覚にもバラつきがあるのだから、「お好みで」となるのは仕方がない。
結局のところ、自分でやってみて、知るしかないのかもしれない。

となると、せめて、続けてお茶を愉しもうと思える道具が必要だと思うのだけれど、
さほどお茶屋さんは熱心ではないように感じる(あくまで印象だが)。
一方、器を作る陶芸家さんの方も、お茶のことばかり考えてるわけではない。
茶器専門でもない限り、下手に手を出せるものではないと感じている人も多いのだろう。

お茶屋さん、陶芸家さんのそれぞれが互いの知識を交換しながら、
「お茶の時間」を豊かにしようという試みが、もっと数多く行われたらと思うわけだが、
それは、また別の話として、ひとまず、今回購入した品に戻る。

左の白いものは清水焼で、右の茶色のは常滑焼のものだ。

一緒にご主人の話をうかがったパートナーは、
蓋をずらして、わずかな隙間から絞りだす常滑焼の方を好んだ。
ボクの方は常滑焼に魅力を感じながらも、貫入が入る清水焼にも惹かれた。
(茶碗は茶の水色がわかる白いものであるべきだし、そう考えると急須も白が良い)。

と、まあ、同じ話を聞いても、関心のポイントが違うのだから、
やはりどこまでいっても、茶は「お好み」のものなのかもしれない。