
茶業組合が粗品として作ったと思われる、一枚の手ぬぐいです。
そこに書かれた夏目漱石の『草枕』の一節が、何とも味わい深い。
濃く
ただ
水はあまりに軽い。
眠られぬと訴うるものあらば、眠らぬも、茶を用いよと勧めたい。
胃弱と言われた漱石が、日本茶の中でも、とりわけ玉露を愛してやまなかったことは、
このシーンの描写から十分に伝わってきます。「眠らぬも、茶を用いよ」ですから。
一方、抹茶に関しては、作法に寄った茶道、茶人を皮肉っており、
ひたすら「味わうこと」に重きを置いていたことが分かります。
特に注目したいのは、
「閑人適意の韻事(暇な人が気ままにする風流な事)」という表現です。
漱石が『草枕』を発表したのは、日露戦争の翌年、1906年。
西洋を追った近代化、戦争への道へと進む日本が、
東洋的な文化や思想を軽視する向きを憂いた作品です。
江戸時代の後期から、明治の初期にかけて生みだされ、磨かれた「玉露」は、
近世文人がリードした煎茶趣味の中で、確固たる地位を築いていました。
漱石が日本人に何らかのメッセージを伝えようと、
作品の中に「玉露」を持ち出したことは想像に難くありません。
「暇」と「風流」は、姿やかたちを変えて、
今日の日本にも存在していると思います。
かつては限られた人たちのものであった「茶」も、
ごく一般的なものとして生活に取りこまれているのだと思います。
しかし、個人的には、どうもしっくり来ません。
「閑人適意の韻事」としての「玉露」に興味を持つのは、
しっくりとくる何かに出会えるかもしれないという期待からです。
漱石のように、ことさら憂いていることがあるわけではありません。
「ただただ味わう」…まずはそこから始めてみたいと思います。

