2013年5月18日土曜日
清水焼と常滑焼
玉露や煎茶を入れる、しぼりだし急須、宝瓶を求めて、
陶器屋をうろうろしていたのだけれど、なかなかこれというものに出会えなかった。
装飾が過ぎたり、価格が飛び抜けて高かったりと、半ばあきらめかけていたところ、
近所にある「蓬莱堂茶舗」という、宇治茶の専門店に、それはあった。
よくよく考えれば、お茶を旨く煎れようと思うのであれば、お茶屋を訪ねれば良いのだ。
…ご主人から受けたお茶と急須の説明を正しく理解するには、もう少し時間がかかりそうだが、
少なくとも分かったことは、こちらのお茶屋さんは、ちょっと稀だということだ。
すべてのお茶屋さんが、急須や茶碗について理想を追求しているわけではない。
「お茶の美味しい煎れ方」に、正解はないとされている。
茶葉の質や量、お湯の温度、出す時間、急須や器と可変要素が非常に多い、
そもそも味覚にもバラつきがあるのだから、「お好みで」となるのは仕方がない。
結局のところ、自分でやってみて、知るしかないのかもしれない。
となると、せめて、続けてお茶を愉しもうと思える道具が必要だと思うのだけれど、
さほどお茶屋さんは熱心ではないように感じる(あくまで印象だが)。
一方、器を作る陶芸家さんの方も、お茶のことばかり考えてるわけではない。
茶器専門でもない限り、下手に手を出せるものではないと感じている人も多いのだろう。
お茶屋さん、陶芸家さんのそれぞれが互いの知識を交換しながら、
「お茶の時間」を豊かにしようという試みが、もっと数多く行われたらと思うわけだが、
それは、また別の話として、ひとまず、今回購入した品に戻る。
左の白いものは清水焼で、右の茶色のは常滑焼のものだ。
一緒にご主人の話をうかがったパートナーは、
蓋をずらして、わずかな隙間から絞りだす常滑焼の方を好んだ。
ボクの方は常滑焼に魅力を感じながらも、貫入が入る清水焼にも惹かれた。
(茶碗は茶の水色がわかる白いものであるべきだし、そう考えると急須も白が良い)。
と、まあ、同じ話を聞いても、関心のポイントが違うのだから、
やはりどこまでいっても、茶は「お好み」のものなのかもしれない。
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