2012年10月25日木曜日

そばは「宝」


応仁の乱の前年、1465年に創業したという
和菓子、蕎麦の老舗、「本家尾張屋」本店。
のれんにある「御用蕎麦司(ごようそばつかさ)」の文字は、
江戸時代、宮内庁御用達の蕎麦職人であったを示すもの。

とある媒体の取材中、ふと気になったのは、
中央の「寶(たから)」の一文字。

インタビュー後、ご当主にうかがうと、
室町の頃、金銀細工師が作業後、散らばった金粉銀粉を集めるために
そば粉の団子を使ったことから、いつの間にかそばが
「金を集める縁起物」とされるようになり、「宝」を屋号と定めたのだとか。
なるほど、縁起をかつぐ年越しそばの由来の一説にも同じことが挙げられている。

元は「そば団子」を作る和菓子職人だった尾張屋さんは、
茶文化を広げることとなった禅寺に出入りするうちに、
腹もちの良いものを所望されるようになり「そば打ち」を始めたのだとか。
粉をふるい、生地を伸ばし、均等に切り分けるといった技と道具を
そのまま、そば作りに活かすことができたのだ。

京都が職人と寺の町であることを改めて知った一日であった。

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